「無知」という強力な武器

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生き方

こんにちは!幸せマンです。
今回は、何も知らないという事に気付いた瞬間から私達の力になります。といった内容をご紹介します。人類の発展において思い込みがどれほどその進歩を妨げるものか?またそれを思い込みだと認めた結果どんな事が待っていたかが今回の話です。そして、大きな歴史の変動の裏には個人個人の認識が変わり始めてこそ起き、それが現代にも言えるんだという話をします。

では、早速いきましょう!

ヨーロッパ西部の急速な進歩


いまでは、ヨーロッパ西部とアメリカの洋風な文化が世界を席巻しているような印象を受けますよね。洋服、科学や資本主義等の文化は、今では世界中で取り入れられています。

しかし、ヨーロッパ西部やアメリカが急速な発展を遂げた歴史は、人類史で見るとかなり歴史が浅いんです。
1500年から1750年の間に急速に力を強め、アメリカ大陸にもその力は及びました。

そんな急速に力をつけたそのヨーロッパでしたが、そんな時でさえ実は、世界経済のほとんどは私達の住む「アジア」が占めていたんです。

当時のアジアは世界経済の約8割を占め、特に中国とインドの生産量は世界の3分の2を占めていました。

この時、ヨーロッパはまだアジアには到底及ばなかったんです。

そうはいっても、ヨーロッパ諸国が急速に力をつけていく速度は凄まじく、1750年から1850年にかけてより加速しながら更なる発展を遂げた結果、アジアよりも遥かに力を持ち、あっという間に世界の覇権を取りました。

では、なぜここまで急速な発展を遂げ、遂には世界を引っ張るようになったんでしょうか?
ここからが今回のポイントです。人類の歴史は、私達一人ひとりに通ずる所がかなりあるんです。

ヨーロッパが世界を席巻した理由


ヨーロッパが急速な発展を遂げた理由は、「自らを無知であると認めた」からです。

それまでの世界中にあった帝国は「世界の全てを知っている」という認識のもと、その勢力を拡大していました。
つまり、「全てを知っている私達につき従えば上手くいきますよ」という感じで、他国を自分たちの色に染め上げる事で成り立っていたんです。

それに付き従う国民は「我が国は全てを知っている。だから付き従えば問題は無い。」と考え、心の拠り所でもありつつも、反面、抗う事があってはならない階級社会を作り上げ、そういうものだと受け入れていました。当時、国民の人生は生まれてから亡くなるまで決まりきっていたんです。

「全てを知っている」と思い込むことで、それを力にし勢力を拡大していたのがそれまでの帝国でした。

このような「全てを知っている」から「全てを知っている、なんて事は無かった」になったのは、それが大きく覆されるような、それでいて少し笑ってしまうような転機があったからです。

偶然から生まれた「2つの名前」


中世の頃は「世界の全てを知っている」と信じていたので、ヨーロッパで書かれた当時の世界地図はアメリカ大陸のない地図でした。当時アメリカ大陸は見つかっていませんので、存在する事も知らなかったんです。
更には存在が確認されている中でも馴染みのない地域(例えばアフリカの南部)に対しても、びっしりと情報が書かれていました。
「世界の全てを知っている」わけなので、分からない事があってはならないんです。

その後、2つの転機となる「偶然」が起きます。

1492年。かの有名なクリストファー・コロンブスさんが海へ乗り出し、「スペインから東アジアへ向かう新しい航路」を見つけようと大海原へと航海しました。
コロンブスさんは当時の世界地図を信じきっていたので、その地図の示すとおり、航海をし続けました。
やっとの思いで大陸に到着した際、「地図によるとどうやらここはインドの辺りのようだ」と考えました。先住民がいたので彼らに対し「インディアン」と名づけました。

この話は有名だと思うので、知っていらっしゃる方も多いと思いますが、これが当時ヨーロッパでは見つかっていなかった「アメリカ大陸」です。それだけでは無くて、コロンブスさんは亡くなるまでその土地が新たな大陸である事には気付きませんでした。それほどに「全てを知っている」と思い込んでいたんです。
これが1つ目の大きな転機となる偶然です。

その後すぐに2つ目の偶然はやってきます。
1500年台に入ってすぐ、アメリゴ・ヴェスプッチさんが「コロンブスさんが見つけたのって、まだ見ぬ大陸なのでは?」と気付きます。

1507年に当時の地図製作者でとても人気のあったマルティンさんは
「なに!?新しい大陸?どうやら間違いないようだな!見つけたのは誰だ!?アメリゴ!?そうか、ではとりあえずアメリゴの名前を取り入れて…。アメリカにしておくか!

マルティンさん、見つけたのはコロンブスさんです。

マルティンさんが新しい大陸につけた「アメリカ」という名前は、とても人気のある地図製作者だったこともあり一気に広まって、そのまま「アメリカ」として定着します。

これによって、新しい大陸は「アメリカ」と呼ばれ、先住民族のお名前は「アメリカ」の「インディアン」となりました。
しかし、奇しくもこの偶然によって、新しい大陸があったという事が一気に広まり、「世界の全ては知っている、なんて事は無かった!」という事に気付き始めたんです。

ここから一気に、世界の今まで当たり前だと思っていた事に疑問を抱くようになりました。至る所に探求の余地が生まれ、メスが入り始めます。
そしてその探求が、物事の本質を掴む大きな要因となって、今までの当たり前が、当たり前では無い事を目の当たりにしていきます。
「今まで言われてきた事って、全然あってないじゃん!知りたい!知りたいぞ!!」といった感じで一気に世界を知り始めます。

自然の摂理のように捉えられていた事柄は、「それが一体どういうものなのか?」という本質の部分を探ってみる程に、多くの矛盾があったんです。これが「科学」の発展を促しました。

その矛盾を埋めることで、今まで存在していたものからも新しい発見が生まれ、とてつもない速度で発展をする事が出来たんです。

そんな中、アジアの強い国々は依然として「我は全てを知っている」を続けていたため、
ヨーロッパの劇的な進歩には目が行きませんでした。

自らの無知を知る


このヨーロッパの発展の流れは私達一人ひとりにもかなり当てはまるものだと私は思うんです。

ここからは私の話です。

今までの「そういうものなんです」という学んだモラルや、受けた教育によって疑う事も無く成長してきました。多くの人がそうしているからという理由で、それに付き従いました。
しかし、とりあえず上手くいっていた心の拠り所でもあったそれらが、次第に私の重荷になって行きました。
世間の目を気にして、いつの間にか自分本来の意思が良くわからない反面、それでも「なにか」が自分の中に確かにあり、そのなにかを我慢しながら周囲の環境に無理して合わせる自分になっていました。

皆に合わせることが求められ、私もそれを求めました。ですが、個性をなくして生きていくのはとてもしんどいんです。
私達の意思がある以上は、その意思を我慢し続ける事になるからです。

そうして私は、自分の意思が在るにもかかわらず我慢をし続けた結果、他人に合わせるだけの「そうでなければならない私」になりました。
今までの心の支えは、皆に奉仕し続ける「そうでなければならない私」だったので、これを無くしてしまえばどうなるのかがこわくて堪りませんでした。しかし、不満はあるけれど、具体的にどうしていいのかが分かりませんでした。

自分は凄いんです、と見栄を張ったりしてはみましたが、本当は何にも持っていないので結果的に自分自身を苦しめました。

そして、遂に私の我慢は限界を向かえ、他人を信じる事はおろか、自分を信じる事も出来なくなりました。
私はすがり付くように大切にしていた「そうでなければならない私」まで無くしてしまいました。

しかしこれが、私の大きな転機になりました。
この時、私に残された選択肢は「何も無い自分を認める」「何も無い自分を認めずにいるか」の2択しかありませんでした。

あろう事か、この2択でさえも私は見事に間違えます。
「自分を認めず」に「今、こんなにも苦しいのは私以外の人のせいだ」と、本気で考えていました。
そんなどうしようもない私を救ってくれたのは、たった1人の方が下さった、たった1冊の本です。

ただ、そんな善意で頂いた本でさえ、当時ほんの少しだけ働いてくれた「そうでなければならない私」によって
「せっかくもらった本だし、感想を言わないとな。」位に考え、仕方なく読みました。

しかし、私は運がよかった。そこからは早かったんです。
その本には当時、私が拒絶し続けた
「今の自分を認める」内容が詰まっていました。

「何も知らない自分を認める」と事態は一気に好転しました。
私が今まで当たり前と思っていた事は、自分で考えて当たり前と思っていたわけでは無く、皆がそういうからそうなのだろうという、なんともフワフワした生き方をしていた事に気付かされました。

「無知である自分を認めた」先に、ヨーロッパのような劇的な変化は私の中で起きました。
まだまだ半人前ですが、以前とは比べ物にならないくらい、私の中に確かな「なにか」が生まれたんです。
この「半人前でもいいや」という気持ちが抱けるのもまた「無知である自分を認めた」結果です。

「世界の全てが分かる」事は今後もありえないですが、
「知ることが出来た」という事が心の拠り所になり、
「知らないことがあって良い」という事が、今の私の大きな心の拠り所になっています。

私は、強くあろうとする事をやめ、そのままの自分と向き合うことの大切さを知ることの出来た、なんとも運の良い人間です。

「無知である事を認める」と、
辛く、暗い入り口には似つかわしくない、明るい道が続いていました。

今日のあなたの一日が、自分を許してあげる「無知を愛する」一日である事を願って。
読んでいただきありがとうございます!!

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