完璧主義を最善主義に

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生き方

今回は、「完璧主義」を「最善主義」にシフトすることで、心の負担は随分と軽く、そして少なくなります。という話をしていこうと思います。最善主義とは、タルベン・シャハーさんが提唱する心の在り方、考え方です。多くの人の心に余裕を取り戻すであろうこの考え方を実践していただけることを願いつつ、その内容をご紹介していきたいと思っています。

では、早速いきましょう!

完璧主義と最善主義


「私は完璧を求めてしまいます。」のような話はよく聞きます。

「完璧主義」についてはおそらくは多くの人が聞いたこともあるものだと思います。そして、ちょっと嫌なニュアンスを含んだ考え方という認識があると思います。
一方、今回ご紹介する「最善主義」は、心理学者タルベン・シャハーさんの提唱する考え方です。きっと多くの方は初めて聞くものだと思いますが、これがとっても心を楽にしてくれます。

早速「最善主義」をご紹介したいところですが、まずは「完璧主義」について触れていきたいと思います。

完璧主義は「楽でもないし、ずっと辛い」


完璧主義は、そうと決めたことに対して、達成したいと尽くす考えです。
決めたことに対して完璧(思い通り)を求めるので、例えばそれが「かなり無理がある事」であっても、できなければ自分をとことん追い込み、時には責めてしまいます。

また、結果が望ましいものであることも望むと同時に、その過程も完璧であって欲しいと思いがちです。

完璧主義は「過程も結果も完璧」求める気持ちが強いがために「失敗が怖い」とも言えます。

失敗や間違いは許したくないという強い気持ちがあり、できればそこに至る道のりを含めて、何の障害もない事を望みます。

何かしらの障害が目の前に現れた時に、強い不快感を覚えることも少なくないです。ですが、失敗が無い、間違いが無い、という事は長い人生においては、絶対と言えるくらい不可能なことです。完璧を求めすぎると「失敗したから終わりだ」と、失敗や間違いでまるで終わってしまうかのような感覚を強く持ちます。

完璧を求めるという事は「楽なことじゃないし、ずっとしんどい」んです。失敗から自分を責めて、相手を責めて、行く行くは何も行動できなくなる可能性を秘めているのが完璧主義です。

こういった考え方を、これからご紹介する「最善主義」に少しずつシフトすることが出来れば、随分と気持ちが楽になると思います。

最善主義は「楽ではないけど、その先はずっと明るい」


「最善主義」は現実の制約の中で、文字通り最善を尽くす考えです。
今ある現状を見定め、現実に起きたこと(そして起きなかったこと)から進もうとします。
それが失敗であっても、間違いであってもです。要は、起きたことベースでその都度修正することが「最善主義」です。

ちょっと綺麗事のように聞こえるかもしれませんが、悩みが少ない方は実際にこのように考えています。
そして何より「自分への負担が少なく」なります。

私達はしばしば、現実を受け入れるのが怖いからこそ、ああでもないこうでもないと願ったり、その現実を見ないようにしたりしますが、
「こうだったらいいのに」という思いに修正を加えにくい状態は、むしろ私達を傷つけてしまいます。

厳しい話ですが、現実に起きた事は現実で対処しなければ、何も変わってはいきません。願って何とかなるのであれば、誰も不安を感じて悩んだりしません。

実際に受け入れてしまえば、目の前は明るくなります。
その先に困難が立ちはだかっても、その中で最善を尽くすようなクセがつき始めます。

間違いを許容できる分だけ完璧主義より余力が生まれます。人はよく間違うことが、弱さを持っていることがスタンダードなんだと気付くことが出来ると、とても楽になります。

心理学でも
「自分の弱さを認めてあげる」事は、とても心にいい事はしきりに言われています。

こんな事がしきりに言われているのは、今の社会において「強くあらねばならない」という全く逆方向の考え方が根付いていて、それがギャップになっているんだと感じています。
つまりは
「強いふり」をしているからこそ、しんどいんです。

その人が強くあれるのは、弱い事を自覚しているからです。
なんでもかんでも噛みついては、事あるごとに否定するのは、「弱さを隠したい」からです。

本当に強く見える人は、しなやかで大らかです。

そんなしなやかで大らかな人は強くあろうとしているというより、むしろ弱い部分を認めて、その中で「変えることのできるもの」に精一杯目を向けているという大きな共通点があります。

現状に立ち、できることを見ているからこそ、信念などの進みたい方向は明確になり、自信があるように見えます。

そして何より、人生をこれでもかと楽しんでいます。

「完璧主義」も「最善主義」も私達のライフスタイルとして、自ら選択することのできる、「心の在り方」です。

もっと言えば、これ以外の在り方も当然あります。
どんな在り方であっても、最終的に気持ちが楽になるものであれば、なんだっていいんです。

選び、進んでみてください。

今日のあなたの一日が「最善主義」を知る一日であることを願って。
読んでいただきありがとうございます!!

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