意識は遅れてやってくる~脳から見た気付くこと、考えることの仕組み~

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雑学

こんにちは!幸せマンです。
今回は、久々に意識と無意識について、掘り下げていこうと思います。いまだに私達がどうしてここまで複雑な世界を多様な見方ができるのか、というその詳細については依然として謎のままです。しかし、今ある材料からそれらを考察することは現時点でも可能であって、そこにこそ可能性があります。今回はそれらの掘り下げをしていく、雑学的な内容になっております。

では、早速いきましょう!

意識(気付くこと、考えること)は依然として謎である


「私達の中には【意識】がある」
これについては疑いようのない事実だと思います。
目の前にある、例えばスマホに意識を向けたなら、そこに存在するものは実際に確認できます。
また何かについて思いを巡らし「これはいいな!」だったり、「これはどうなんだろう?」と判断したり、抑制したりもできることは誰もが当たり前のようにできています。

しかし、この意識という行為自体がなぜできるのかは、まだまだ「謎」のままです。
その過程はよくわからないけれど、結果としてみれば、私達は「それに気づき、それについて考える」ことができます。

意識を取り上げた研究、本はたくさんあります(特に本についてはとんでもない量の意識についての本が出版されています)が、依然としてその全容はどれを取ってみても「謎」のままです。

もう少しだけ詳しく言うと、
「意識というものがあるのは間違いなさそうだけど、どこで意識が生まれているのかは、まだ誰にも分からない」ということです。

脳自体の「謎」については、入り口はほとんど分かっています。そしてその結果である出口もまた、ほとんど分かっています。
しかし、肝心の中身の部分は「分かり始めた段階」なんです。
迷路の部分は、依然として迷路なんです。

今回はそんな迷路の部分で何が起きているのか?について
まずは現時点の科学で分かっていることについてちょっとだけ触れていきます。

意識はどこから生まれるのか?


それに気づき、それについて考える「意識」。
これはいったいどこで生まれるんでしょう?

とある実験で、このようなことは分かっています。
私達の脳の一部である「脳幹」や「視床髄版内核」にある活性化系が少しでも損傷すると、私達の意識は失われます。

ちょっと難しくなりましたが、簡単に言えば、
「脳のとある一部(それも根幹の部分)を損傷すると、意識は失われる」くらいでとらえるといいと思います。
硬い頭蓋骨で守られた脳はちょっとやそっとでは損傷しませんので、日ごろ心配する必要はありませんが、その部位を損傷した場合は、そういったことが起きます。

じゃあ、そんな脳の一部が意識を生みだしているんじゃないか?と考えてしまいそうですが、これは一概にそうとは言えません。
なぜなら、その一部がそれ単体で「意識」を生み出しているのか?はたまた「意識」を生み出す主要な一部なのか?は分からないからです。

例えば
様々な部品で構成された機械の「とても重要な部品」が外れ、その機械が動かなくなった際、その動かなくなった原因はその「部品」ですが、その部品自体が製品を生み出しているわけではない。と言ったら分かりやすいんじゃないかと思います。

つまりは統合されたそれらの機械があって初めて、製品が生産できるんです。

このように機械に例えるのは少し不躾な気もしますが、分かりやすくするためのものだと、ご了承いただければと思います。

また、それとは別に私達の「判断や抑制」の中枢である、「前頭前野」が損傷を受けた場合、その人格は、明確に様変わりする事も分かっています。
この場合、意識はしっかりと働いているけれど、大きな変化となり得ます。

これらから、意識が生まれている場所は分からないけど、それを構成するものはどれも欠けてはならない、ということくらいは分かっています。また、それを欠くことによって、私達の意識に何らかの変化を生じさせることは間違いないようです。

意識は遅れてやってくる


また、「意識」についての実証的な実験を行った偉大な方を挙げる時、おそらくはベンジャミン・リベットさんの存在は欠かせないものだと思います。

リベットさんの研究から分かったことは簡単に言えば
「私達の意識は遅れてやってくる」ということです。

どういう事かというと
私達は基本的にはすべての事柄に意識を巡らせないでも、生活できます。
例えば
車を運転しようとした時に、自分の車の運転席に座り、いちいち「アクセルはここにあって、ブレーキはここにある。エンジンを起動するためにはブレーキを踏みつつ、起動ボタンを押して…。」とは考えないものです。

この時、私達の脳内には「意識せずともこなすことのできる」自動操縦モードのような「無意識」が大いに活躍しています。

また、運転中も違うことを考えたりしながらも、運転はできてしまいますよね。
これってよく考えると不思議です。

さて、ここで突然、道の脇からボールが飛び出して来たとしたら、私達はとっさにブレーキを踏んだり、ハンドルを操作します。

私達はこの反応を「自分が気付いてとっさにブレーキを踏んだ」と思いがちですが、実はブレーキを踏んだのは私達の「無意識」が先にそうしている。
と言ったら多くの人は、困惑し、否定するかもしれません。

しかし、実際にそうなんです。
私達の意識的な反応より、コンマ数秒早くアクセルからブレーキに切り替えるよう脳が司令を出し、身体が動き始めています。

私達が時折聞く「とっさの判断だった!!」「ああびっくりした!!」という話の中身は、「無意識」による反応が先なんです。その後にほんの少し遅れて私達は「気付いている」んです。

リベットさんの見つけた「意識が遅れてやってくる」という発見は、物議を醸しましたが、これらの反応は何度でも検証可能で、規則正しく起きます。

どうして物議を醸したかというと、
「じゃあ、私達は無意識からなる自動操縦モードに支配されているんじゃないか?」
「さらに言えば、私達が感じている意識というものは、実はオートで発生した無意識を抑制したりするだけの操り人形なんじゃないのか?」

という問題が挙がったからです。

つまりは私達の言う「自由意志」なんかないんじゃないか?
という意見もちらほら出てきたんです。(ここで言う自由意志とは哲学的な意味での自由意志:無からの創造と言った意味では無く、あくまで私達の意志決定についての話です。)

語弊がないよう言っておきますが、リベットさん自身は「意志決定能力はある」とおっしゃりました。
そして私もまたその意見に賛成しています。

ですので、ここからはそれらを加味した意志の決定能力についての話をしていきます。

私達がそう反応し、決定できるのは「今までの積み上げ」があるから


「私達の意識は遅れてやってくる。」

私達は、主に5感による経験によって、脳が反応し、それに対して気付いたり、考えたりとできています。

例えば、
目の前に「虫のようなもの」がそこにいたとします。
虫が大嫌いなその人の脳は、とっさに不安を感じ、心拍数を上げ、呼吸を荒くします。こういった反応をするのは、逃げる準備や闘う準備を、「見たものに反応して、身体が勝手に」始めるからです。

しかし、次の瞬間その人は、それをよく見て気付きます。
「あれ?これはよく見たらおもちゃだ。」

それがおもちゃだと「気付いた」その瞬間から、不安はどこかへといってしまいます。もしくは怒りや笑いへと変わっていきます。

これはとても大切なところです。
ここで考えても見て欲しいんですが、
そもそもその「虫のようなもの」を見て、「危険による不安」を感じることができたのは、その人自身が「虫が苦手」だと知っていたからです。

では、どうして苦手かどうかを知っていたかというと
「意識によってそれが危険だと、怖いものだと、気味が悪いものだと、聞いたりして経験していた」からです。

また、それに危険がないと、おもちゃだと「気付いた」から、次なる行動をとることができます。

この時、私達を思考させ、行動させたのは間違いなく「気付く」ことによって「意識」が働いたためです。それがたとえ遅れてきた「意志」だとしても。

確かに無意識の一つの側面として「本能」のような反応があることは間違いありません。
しかし、それらを含めて、統合し、判断をしているのは紛れもなく私達の「意志」ですよね。
ダイエット中だから今日は我慢。ポイ捨ては良くないから、ごみ箱へ持っていこう。このような判断したのは紛れもなく「私達の意志」です。

また、少し遅れるメリットもあると感じています。
少し遅れるということは、纏まった意見から判断をしている、とも取ることができます。
私達が不必要な判断をしなくてもいいように。
逐一「意識」しなくてもいいように。

今まで積み上げてきた私達の無意識が先に思考を巡らすのは、別段おかしなことではなくって、むしろ理にかなっているんです。

ここで言いたいのは
「意識的な経験や判断が、無意識の指揮をある程度とっている」と言う事です。

もっと言えば
「意識的な今までの積み上げが、無意識のある程度の部分を自動操縦させている」ということです。
この「ある程度」がどの程度かは分かりません。分かりませんが、私自身が少しずつ悩みから抜け出し、穏やかに暮らせているのは、そのある程度の「意志」がかなり大きなウェイトを占めているからだ、といっても過言ではないと思います。

外側の世界を意識によって認識し、それを積み上げた結果、無意識的な反応として、私達の一部として更新しているんです。
あくまで司令官は「意識下」にあり、意志決定の管理権限は私達にあるんです。

車が運転できるのは、それが意識によって「訓練」されたからです。そのため、教習生のころは、逐一「意識」を巡らせ学習したはずです。
その訓練なくして、車は運転できないなら、そこにこそ運転を覚えたいという「意志とその決定」があります。

意識によって、無意識を更新している


また、こういった話もできます。
例えば今現在、無意識から挙がってきた「嫌な感情」や「悪い考え」についての話です。

私達はそれを「いけない」と判断するから、それを抑制します。
だとすれば、悪い事を考えてしまった自分というものを責めるのは、少し厳しすぎる気もします。
むしろしっかりと表には出さなかった私達の頑張りは、認められるべきものではないでしょうか?

誰にといえば、自分自身にです。

無意識も意識も私達の一部ではありますが、例えば無意識を否定するということはこんな弊害も起きてしまいます。

前回の記事でも言った通り、
何か悪い事を考えてしまったのは、本来は「それを悪いと判断するため」だったのに、
「こんな事を考えてしまうなんて」と罪悪感にも似た気持ちを私達はしばしば抱いてしまうところがあります。

しかし、実際はそれは事前に考えて然るべきであり、それがあるからより良い選択をとることができます。
また、私達がすべてに意識を巡らせる生き物だった場合、おそらくその情報処理は非常に遅く、間に合わないことも増えてしまうでしょう。

私達はただ、それを表に出さなかったことを、しっかりとした判断ができたことを、むしろ自分自身で褒めたたえるべきではないでしょうか?

ただ、進んだ先にゆくゆくは我慢や無理がなければもっと素晴らしいとも思います。

世の中にはトゥレット症候群と呼ばれる、自分の意図しない発言や行動をしてしまう症状を抱えた方がいらっしゃいます。
時に汚い言葉や突飛な行動をとってしまう症状です。

無意識に出てしまうためにこれを制御することは難しく、また本人の人格は、私達と相違ないどころか、トゥレット症候群の方は、非常に頭が良い傾向があります。

ただ、無意識化の神経活動によって「一番言いたくない事。やりたくない事。」を制御できない事があるのです。

非常に頭がいい人であるにも関わらず、いい悪いの判断を下すその前に発露してしまうんです。

私達に無意識があるという認識は、そんな大変な状況に置かれた人々を理解することにも繋がるとも考えています。

少し話がそれましたが、私達は「意識によって無意識を更新する」術を持っています。


暗い経験が私達に影を落とそうとも、
私達には「気付くことと考えること」ができます。

私達を闇へと追いやる可能性を秘めた「嫌な気持ち」は「意識」よって答えを与えてあげれば、その印象はガラリと変わっていきます。
ひとたび答えを得て、その考えを克服できた時、私達は再び前を向いて歩いていくことが、むしろ以前よりもまっすぐと歩いていくことができます。

なぜなら、無意識は意識によって更新されたものであると同時に、更新されるものだからからです。

先ほどその思いを表に出さなかった事を褒めたたえましょうと言いましたが、これは我慢し続けろだとか、無理をし続けろだとかといった話ではないんです。ましてや自分の気持ちと闘う事は、自分自身を傷つけます。

ただひとえにそれは、その考えによって、自分を責めなくてもいいという話です。
「セルフコンパッション」などでよく言われる、自分を責めることは良くないという理由の一つにはなり得るんじゃないか?と考え、また、心のつかえが少しでも取れる事を願って、ここに書き記しています。

「辛い。苦しい。」と思わせていたものは、私が私を否定していたところが大きいと感じています。
今抱いている考え事向き合い、受け入れて、
その考えに至ったことに対する「解」を示すことができれば、次第に自信は戻ってきます。
かつては自分にとって何が正しく、何が間違っているかも分からなくなった私であっても、それが出来たんです。

意識については確かにまだまだ分からないことが多いです。
しかし、意識は確かにどこかに存在し、私達に「気付き、考える機会」を与えてくれます。
気付き、考える力でもって、我慢していること我慢ではなくすること、
無理していることを無理ではなくすることが、

できるんです。

「自分にとっての大切な解や理由」を紡ぎだしてください。
私達にはそれが出来ます。なぜならそこに「意志」があるものですから。

※2023年10月13日 追記

今現在、脳神経科学のみならず他分野でとても注目されている、「私達の脳に関わる大統一理論」があります。こちらの「意識」の話と並行して考えてみるのも面白いかと思いますので、ご紹介しときます。

今日のあなたの一日が「意識によって無意識を更新していく」日々であることを願って。
読んでいただきありがとうございます!!

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