嫌な感情がある理由は脳が知っている

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感情

こんにちは!幸せマンです。
今回は、私達の考える事の中には当然、嫌な感情と良い感情があって、そのどちらにも本来の意味があるんだけど、どうやら私達が脳を理解できていない、という話をご紹介します。
嫌な気持ちと心地よい気持ちの選り分けをして、私達自身の気持ちの整理をしていきましょうというのが今回の話です。

では、早速いきましょう!

なにが必要でなにが不必要なのか?


私達は自分のやった事や誰かがやった事に対し、嫌な気持ちになったり、心地よく感じたりします。
それもこれも、私達が考え、行動しているからこそ起きています。

私達の脳は、私達の経験(見る、聞くなどの5感による情報)があって始めてその情報を分析し、感情となる部分を加えます。もう少し言うとその感情の加え方は、本能と今までの経験から来ています。

嫌だと思うのは、その経験を脳が分析した結果、
「これはあなたにとっては何の役にも立たないし、むしろ害がありそうなので今後はこれに気をつけましょうね!しっかり記憶しておきますね。」

というお知らせ、言わば「警報装置」なんです。
その経験には危険や害があるかもしれないので、その危険性について教えてくれています。

反対に心地よいと思う事も、これまた脳の分析によって
「これはあなたにとってはとても良い経験になり得ます!メチャクチャ役に立つし、今後もっとやった方がいいと思うので、心地よさを加えておきます。」

というお知らせです。
その経験には良いことが待っていそうなので、その有効性を教えてくれています。

そのどちらも、本来の意図は「私達を危険に会わせることなく、楽しく暮らして欲しい」だけなんです。

この2つのお知らせに対して、私達は賛同する事も、反対する事もまた出来てしまいます。

この脳機能をより理解してあげれば、私達はもっと楽できるんです。ですのでもう少し詳しく見ていきます。

2つのお知らせの目的


危険と気持ちよさ。
どちらが緊急で対応しなければならないかというと、どうあっても「危険」の方です。
ここで、気持ちよさを重視するような仕組みで私達が生まれたなら、野生動物に襲われやすい遥か昔の環境下ではその動物に食べられてしまいます。

目の前のご飯に夢中になっていたら、生き残れないんです。

ですので、どうしても「危険」には会わないよう、警報装置の方を優位にしなければなりません。

だとすると、先ずは私達により強く働く、危険に対する嫌な気持ちの仕組みをもっと理解してあげれば、今よりずっと楽な気持ちになれそうです。

ここからが今回の大切なポイントです。

嫌な感情を抱く事と心地よさを感じる事による本来の目的は「危険を回避し、気持ちよさを得ること」です。

という事は、嫌な感情とは、本来私達を苦しめるために用意されたものでは無かったんです。

嫌な感情は、そもそもそれが「害はあっても得は無いよ」と教えてくれているだけなんです。
だったら、その嫌な感情を持ち続けるのでは無く、本来求められていた「回避」か「解決」をしてあげた方が今よりずっと悩まなくて済みます。

こうしてみていくと、悩み続けるという状態は、脳からの「逃げろ!逃げろ!」「解決しろ!解決しろ!」という警報が鳴り続けている状態なんです。

解決は後回しでも良いんです


ところが、この仕組みが分かったところで「一気に解決!」というものでもなかったりします。
あらゆる問題をすぐさま解決できればそれに越した事はありません。ですが、そう上手くはいかないがために私達は悩んだりします。
解決が難しいのなら、残る選択肢はただ一つです。

先ずは、逃げてやるんです。

問題を抱えすぎてどうにもならないのなら、先ずは問題の範囲を絞る「回避」の方向がかなり有効だと思います。
つまり、始めはご自身が受け持つ問題を極力減らしていってやるんです。
そうして余裕が出来たなと思ったら少しずつ範囲を再び広げ、より広い範囲での解決を目指す方が無理なく達成できるものだと感じています。

ですので、今回はそんな「回避をする方法」を1つ、ご紹介します。

それが
「嫌な気持ちを抱えている状態は、私にとって何の役にも立っていない。」という考え方です。
これだけではあまりにも分かりにくいので、例でもって説明します。

例えば
誰かから嫌な事を言われた時、その人の表情や聞いた事を情報として入手し、それを脳が「嫌だな」と判断し、私達は実際に嫌な気持ちになります。

その嫌な気持ちをずっと抱えて、「何であんなことを言われなければならないんだ!」と釈然としない気持ちを抱え続けるのは、脳にとっても本来の意図では無いし、私達にとっても得がありません。

ここで一考して、
「嫌だとは思ったけど、この嫌だと思う事は私にとって何の役にも立たなそうだな。むしろ悩んでやるのが勿体無いくらいだ。」
とする事が出来れば、短い時間で対処が出来ます。

つまり、「なんの得にもならないので、悩んでやらない。」という問題を減らしていくような「回避特化」の考え方です。

本来は、そもそもなにがあっても嫌だと思わない事が最も心に良いと思いますが、初めからそう簡単にはいきません。私達の脳には少しずつ慣らしていく「訓練」の時期が必要なんです。

正直に申し上げますと、
私自身が、悩みから立ち直る際には、
「いかに問題を減らすか?」しか考えていませんでした。
もっと言えば、「それって私に関係ないよね。じゃあ、考えるのやめときます。」位に大げさに突っ走っていた記憶があります。
悩みが大きすぎて、当時の私には誰かを気にする余裕なんて全く無かったんです。

物事には段階があるものです。
先ずは「私が気持ちに余裕を持てない事には、誰かに思いを向ける事は出来ないな。」と考えた結果、その範囲を極端に狭めて取組んでいました。

その少しずつの積み重ねの結果で、これまた少しずつ範囲を広げる事ができ、自分で言うのもなんですが、皆の幸せが私の幸せと思えるようになりました。

範囲を絞らずとも解決出来る様になったにはしばらく時間が掛かったと思います。先ずは回避に専念していたんです。

先ほどもいった通り、脳には慣れさせる「訓練」の時期が必要です。
段階を経て、何とか気持ちに余裕を作り上げていった結果、少しずつ周りに目が向くようになり、そこで始めてその範囲を広げていきました。

今までこのような話をしなかったのは、自分自身が問題の範囲を狭めて考える「回避」から入っていた事を、私自身がすっかり忘れてしまっていたからです。

ふと思い出して、「そういえば最初は問題を極力減らすために、かなり範囲を絞ってたな。」となったためです。

これは裏を返せば、私自身がもう回避する必要もなくなったということです。
私自身が脳に「訓練」してもらった結果、私にとっての精鋭部隊が編成され、その部隊があまりに力が強いせいもあって、実は別部隊があったということを忘れてしまったがために、こんな事が起きました。

その積み重ねが、私達を作り上げます。
辛くなったら範囲を狭め、楽になったら範囲を広げる。

そして辛いのは、あなたが弱いんじゃなくて、頑張りすぎただけです。
いかに頑張らないで済むか?をご自身のために考えてあげてください。

私も数え切れないほど脳に教え込みました。でもその結果、その努力は報われ、今ではすんなりこなせています。

今日のあなたの一日が「嫌な感情と心地よさ」の脳本来の意図に気付いてあげる一日である事を願って。
読んでいただきありがとうございます!!

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