幸福度とはなにか?

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人間関係

こんにちは!幸せマンです。
今回は、人が感じる幸福度はなにによって決まっているか?について、科学による計測の仕方を簡単にご紹介できればと思っています。また、幸福の感じ方についての大切なことも記事にしていこうと思います。

では、早速いきましょう!

幸福度の測り方


人それぞれの「幸福度」を測るにはどうしたら良いでしょう?

なんとなく幸せ、なんとなく不幸せっぽいという感覚的な話だと、科学としては認めてもらえません。
目に見えないその幸せ具合を数値化して、比較できるものにしないといけません。

そこで心理学者は、数値化できる方法を考えました。
人それぞれが感じている「幸福度」を測るためには、人それぞれの「感じた幸せ」をそれぞれに聞き、それに点数をつけてもらうことで、数値化し、比較できるようにしました。

「そんな単純でいいの!?」と思われた方もいらっしゃるかもしれませんが、かなり効果的な方法なんです。むしろ「幸福」の本質をついていると思います。

ここで更に、その人が置かれた環境も加味する事で、様々な「幸せ」に関する傾向が分かります。

例えば
年収400万円を稼ぐ人達と
年収800万円を稼ぐ人達

または、
ある国の標準的な家庭の人達と
別の国の標準的な家庭の人達

を比べた場合、所得やその国の「幸福度」の傾向は見えてきます。

年収に関しての「幸福度」の傾向を見ると、
所得の増加に対する幸福度が上昇する傾向があります。しかし、ある一定の収入を過ぎた途端に、その幸福度はかなりガクッと下がっていきます。

ところがそんな中でも、その影響を全く感じさせない、「とても幸福度の高い人」がどんな所得や国の状態であろうと存在しています。
そして、そんな幸せな人達には共通点があります。

高い幸福度を保つ人達の共通点


高い幸福度を保っている人達の共通点は、一体なんだと思いますか?

幸せを感じている人の共通点は、
「家族やその周囲との関係が上手くいっている」
ということです。

家族との関係が上手く言っている人は
お金があろうが無かろうが
身体が少し不自由だろうが

とても幸せを感じています。
経済状況や健康状態に関係なくそこに大切な人間関係があれば
人は幸せを感じるんです。

中睦まじい家族を持った人達は、
孤独なお金持ちより
幸せを感じている可能性が高いんです。

ただ、その状況が悪くなり続ける場合には、その幸福度は下がる傾向があります。
しかし、状況の悪化が「慢性的な症状」のような一定の状態が続く場合は、長期的に見ると以前のような幸福度に戻っていく傾向もあるんです。

ずっと続くような症状であっても、本人がそれを受け入れた場合には、そこから少しずつ戻っていくんです。

つまり、「現状から状況が良くなった場合に幸せを感じ、悪くなった場合に不幸せを感じる。またどちらの場合も長く続けば、元の気持ちに戻っていく。」という事です。

これでこの記事を終えてしまったなら、「はい、そうですか。」となりそうです。ですが、今回言いたかった事は、これからなんです。

贅沢による幸せの追求の先


「じゃあ、幸せを感じるためには状況をよくしてあげればいい」と考えると思います。
だから私達は、お金を使って何かを得て、満足感を得ようとします。

しかし、贅沢による幸せを追及すると必ずどこかで行き詰まります。
というのも私達人間の「鉄則」があるからです。

その鉄則が
「贅沢品は必需品になり、その必需品を得るために時間やコストを使い始める」
というものです。

例えば
ちょっと無理をして買った高級車があるとします。
その時はどうしても欲しくて、手に入れた時は確かに満足のいくものでした。
ところが1年もしないうちに、その高級車がある事が当たり前になって行きます。
生活に響くようなローンを組み、お給料の大きな割合のお金が出て行ってしまう。
それなのに私達はもう満足していない。
次のグレードの自動車も登場したな。
次の車はもっと満足できるかも知れない。もっと稼ぐにはどうしたらいいだろう?
もっと満足したい。もっと、もっとだ!

こうなってしまうと、私達の生活は高級車のものになってしまいます。
本来は、家族を守ったり、どこかに一緒に行くためのお金だったはずが、いつの間にか自動車の為に働いてしまいます。

人は良くも悪くもその状況に慣れていきます。
私達はどうしてもその状況に慣れ始め、当たり前になり、その当たり前をこなすためにどんどんと時間を費やすようになり、満足は出来ないために次を探し始めます。特にお金の贅沢に関しては顕著です。

確かに車好きの方であれば、次の車を得た瞬間は再び幸せを感じるかもしれません。しかし、それを得るために働く時間が増えている事には気付きにくいんです。
そして、「幸福度」と関連性が高い、身近な関係との時間は更に無くなっていくんです。

「幸せを感じるためには状況をよくしてあげればいい」と考え、お金を使って何かを得ようとすると結果的には、私達の大切な時間を費やす事になります。

資本主義社会によって生まれた価値観


ここで、世間があまり口にしない話を取り上げます。
私達は資本主義社会の一員として暮らしています。全ての人に決定する自由があり、起業する事も、働く場所を変えることも出来ます。学校も結婚も自由に選択できます。保険に入るのも、どの銀行にお金を預けるもの、なにを買うのも自由になりました。

この自由によって、経済は一気に加速し、安定した経済成長を遂げた結果、
「ものが足りない世界」が一変し、「ものが溢れる世界」になりました。

そこで企業は考えました。
「ものが溢れる世界で、自分達のものを効率的に売るためにはどうしたらいいのだろう?」

安定した売上げを得るためには、必需品や贅沢品にする必要がありました。
そこで、あえて頻繁にモデルチェンジをし、または付加価値をつけ、流行を作り上げました。
自由に選んでいいけど、うちにはこんな良い所があります、新しいものにはこんな機能や見た目がありますよ、としない事にはものは売れません。

広告に費用をかけ、あらゆる場所で宣伝し、流行りと廃りを作り上げる事がどうしても必要になりました。

誰が悪いという話ではなくて、競争の必要がある企業間にとっては生き残りを掛けた必然だったんです。

じゃあ、自由な市場を作る資本主義が悪かというと、そういう話でもありません。
これを手放せば、再び世界は階級社会に陥ります。また、世界の経済は今や国と国が支え合うことで成り立っています。内紛などの争いは起きても、全面戦争のような争いが1945年以降、起きていない大きな理由の一つにもなっています。

資本主義の最も優れた面は、自由な市場にこそあります。
だったらこれを利用しない手はありません。

要は、「買うも買わないも自由」なんです。
そしてありがたい事に「なにを大切にするかも自由」なんです。

幸福は身近に


働いてお給料を得ること自体はとてもすばらしい事だと思います。
ただ、個人的には何か本当にやりたい事が出来た時のために使いたいという気持ちが私の場合は強いのかもしれません。

買うも買わないも、なにを大切にするかも自由です。だからこそ私達は選ぶ事ができます。

幸福とは、人それぞれの見方によっては随分な差がある事に気付きます。幸福とは相対的なんです。誰かと比べて幸せ、と私達は比べてしまいますが、その価値は人によって全然違います。「なんであんなもの大切にしているんだろう?」と思う事でも、その人にとっては宝物なんです。私の大切にしている本たちは、妻から見ると「カッコつけた紙っぺら」だったりします。笑
だから心理学者は一人ひとりに聞きながら、その「幸福度」を測ります。

だから、自分が満足していなくても、他者から見たら「幸せそう」だったり、
反対に、他者から見たらあまりいい状況でなくても、自分にとっては「確かに幸せ」だったりするんです。

自分が幸せを感じるかどうかを次はなにを手に入れよう?に置いてしまうと、自由を手にしているのか、市場に踊らされているのかはよく分からなくなります。
実際に何かを手に入れても、その価値の基準は自分から離れ、流行の中にあります。どうあっても思うように行かなくなり、いずれは行き詰まります。

なにを手にするか?じゃなくて
なにを今、持っているか?に着目すると、「幸福」なるものが1つ、見えてきます。

「幸福」とは、「状況を良くした時」感じます。

「何かを持つ事」も幸せを感じますが、「今持っている失いたくないものに目を向ける事」もまた幸せを感じることが出来ます。今あるものの大切さに気付いていないだけかもしれません。

「あ、私にはこの人がずっと一緒にいてくれてたんだ。」という事は少なからず誰しもが経験したことがあると思います。その人がいてくれることは、当たり前なんかじゃありません。

人間関係って不思議なもので、すごく仲のいい時と、少なからず喧嘩をしてしまうような時が誰しもあります。ですが、喧嘩した時を思い出すと、仲直りした時って、とてもすがすがしい気持ちになりますよね

家族との関係を良好に保つ人たちが「幸福度」が高いのは、「大切な家族を守ること」に時間を掛けているからなんです。

前述した「幸せを感じるためには状況をよくしてあげればいい」は、必ずしも新しい何かを手にする事では無くていいんです。

また、世間においてこういった「ものを買う幸せ」が重視されるのは、それで経済が回るからです。
反面、「家族を守る幸せ」はそれ自体では、正直言って経済には何の足しにもならないんです。

しかし、大切な家族の中で幸せを見出す事ができれば、何気ない会話で笑い、その度に幸せを感じます。

特別なものは今ある環境から絶えず生まれていくものになります。
これを見出すのもまた、自由です。

今日のあなたの一日が「幸福度」とは何かを知る一日である事を願って。
読んでいただきありがとうございます!!

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